旅の話 OKINAWA |
「1972」沖縄が返還された年、10歳の私は船酔いでフラフラになりながら、最初の沖縄。 2度目の沖縄、ビキニにコパトーン、日焼け、ディスコ、古着、払い下げのお店でお買い物、タバコ、19歳の夏。 あれから25年も経つのか!44歳の夏、私には夫と2人の子供がいて、19歳の時一緒に行った友達にも夫と子供が3人。 2が9になってるなんてびっくり! ![]() すっかり変わってるんだろうなと思ってた。もちろん街並は変わっているところもあるけれど、そのままのとところもあり、 極端なのだ。 世の中の表側と裏側。目の当たりに見たような気がする。 簡単には言えないけれど、作られた世界と本当の世界。そんな感じだ。 自分に出来る事は何だろう。沖縄に行くことがあれば、作られた世界(エアー&レンタカー&リゾートホテル)ではなく、自分の足と、地元のタクシーと地元の宿泊施設に泊って欲しい。自分たちはもちろんそうだけど、ここにそう書く事くらいかもしれない。 ![]() さて、今回行ったのは、読谷村のコンドミニアム。不慣れなフロントと寂れたレストラン、とびきりきれいで誰もいない海のあるところ。 ナマコがいっぱいなのが玉にきずだけれど、着地しないように泳げばいいのだ。 横を見ても透き通る海。 仰向けに浮かぶと真っ青な空。子供たちの笑顔。 途中、ダンナと、友達のダンナと私の3人で、海岸沿いにどこまで行けるか?冒険のお散歩。 途中立ち止まって、魚を見たり、岩の形がどうのこうの、ヒコーキを目で追ったり、足元を確認しながら。 振り返ると泳いでいた浜は遥か向こう。 とうとうもう上れない岩にあたってしまい、草を分けて道にでた。 ![]() あ、お墓!永遠続くサトウキビ畑。 誰もいなくて、静かで、浦島太郎の気分。 確かこちらの方向。サトウキビ畑や、紫芋の畑の間をビーチサンダルで歩く歩く。 歩いて行ける距離にある食堂でチャンプルとソーキソバとオリオンビール。 やさしい沖縄の人々。 青色と緑色、茶色。太陽のオレンジ色。 また来るからね。 2006 SUMMER |
旅の話 HAWAII |
ハワイ、グアム、台湾、ハワイ2、アメリカ(ロス、カンサス、ニューヨーク、サンフランシスコ、ハワイ3)、スペイン、香港、北京&天津、バリ島、セブ島、バリ島2、アメリカ(ロス、ベガス、サンタフェ、ニューオリンズ、オーランド、マイアミ、キーウェスト)バリ島3、バリ島4、ハワイ4〜15年のブランク後〜ハワイ5、ハワイ6 これが私の海外旅行歴、12歳のハワイに始まり、27歳のハワイまではハイペース。 15年のブランクは子育て&ミアズ。 ミアズの活動は一回目の本土行き(短期留学)のあとに始まったのだけど、本気になったのは子供ができてから。
海が12歳になったら(私が初めてハワイに行った歳)行けるかな? たまにそう思いながらミアズに夢中になってた。 ターゲットは卒業のすぐ。選んだのは同じハワイ。 一言でいうと、15年の間にすっかり私はシンプルになっていたのに気付いたのだ。 27歳までの私は、吸収するのに必死だったし、自分の定番、らしさ、を探すのに貪欲だった。
結婚、子育て、仕事。 特に女の私が中心になってすすめる仕事と、母親が中心で参加しなければならない学校関係のこととのコンビネーションは、かなり胃も心も痛む(参観日やら懇談やら)。 だけどとびきりの喜びを味わい、人の温かさをしみじみ感じた。 そんなこんなが私をシンプルにしたみたい。 だって風や、香りや、海を感じる。(物欲がないのだ。)
まるで12歳のハワイのよう。
1日目は娘のぬいぐるみ探し。前回は探したけど見つからなかったのだ。 ワードセンター辺りにあると聞いたので行ってみたら、日曜日なので5時で閉店。
2日目。 ずーっと降り続いてた雨が止んだ(ハワイは1か月程雨が続いてた) だって今日はサーフィンにトライする日。 だけど不思議なことに頭ン中にジャックの曲が流れてきたの。 途端に楽しい気分。 ガイドの合図で漕いで漕いで立ってみた。 もちろん転けて海の中にジャブン!!!ぶくぶく。
3日目は自転車で走りまくる予定。 だけどやはり雨。 昨日はよっぽどラッキーだったみたい。 気にしないでレンタサイクル屋さんに。 ハワイの雨を体で感じるのも悪くない、しかし雨は半端じゃなかった、Tシャツもデニムもぺったり体にくっつくほど容赦なく降った。
雨の中、最後尾から見る子供たちのかわいいこと。お父さんの後ろを一生懸命走る姿は忘れられないね。ヤシの木の下で時々雨宿り。息子の持っていたあめ玉を分け合いながら。
ALOHA 2006 APRIL |